おといれだより 平成26年5月号(No.392) から、一部内容のご紹介

おといれだより 平成26年5月号(No.392)
【 目次 】

◆日本人の躾(第52回) 「疑心」
◆弘法さんのことば(第11回) ~人生百年に非ざれども万歳の業を積む~
◆仏事講座「もっと知りたい仏の世界」 ~報いってあるんでしょうか?~
◆知っていますか?「暮らしに生きてる仏教語」
◆遍路とは、あまねく道を経めぐること 第2回
◆妙喜の密教料理 ~残り野菜の焼きびたし~
◆星まつり参加レポート
◆自然カレンダー 【皐月(さつき)】 「新暦、旧暦、六曜、二十四節季、旬の食べもの」
◆密教占い あなたの5月を占う
◆八幡大師大日寺 五月の行事案内ほか



◆知っていますか?「暮らしに生きてる仏教語」 ~迷惑~ <平成26年5月号より>


今回紹介する言葉は「迷惑」です。

お釈迦さまの弟子が、お釈迦さまから教えをいただいたが、まだ理解出来ないことがある。

このままでは、わけもわからずに思い迷うだけだ、もう一度お釈迦さまに問いてみようということを
「我等、仏の所説に於いて復疑難なけれども、而も諸の衆生迷惑の心を生ぜんがゆえに、重ねて世尊に諮いたてまつる」と〈無量義経説法品〉にあります。

お説法をするたびに、こんな問題がおこっていたお釈迦さまこそ迷惑なことと、みなさんは思うでしょうか。

本来の意味は訳も分からずに思い迷うとき、または、道理に迷って心がウロウロするときに使ったのです。

それが他人を困らせるとき、または、お釈迦さまのようにそれを受けて困るときに用いられるようになったのです。





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