大日寺の密教塾

本講座のご案内

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密教塾「本講座」

大日寺の密教塾「本講座」は、大日寺で直接指導を受けながら学ぶことができます。
スクーリング(大日寺での実践講座)受講可能な方は「本講座」をお勧めします。
本講座希望者は、開講前に体験参加ができますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

密教塾「本講座」

許可(こか)

得度

加行

傳法灌頂

阿闍梨

密教塾を受講する前に


最低限の基本知識を身につけておくために、

まず、『密教のすべて』を読んでください。

次に、『理趣経入門』を読んでください。

そして、大日寺にご連絡ください。

本講座

期間は6ヶ月間で、4月、10月の開講となります。
資格及び年齢制限はありません。

経典読誦

 梵網経

 金胎礼懺

 九条錫杖

 三陀羅尼

 礼文等

修行

 数息観

 梵習字

 五相成身観

 加行の心得等

※通信講座の内容も学びます。

教義

 声明(理論)

 声明(実践)

 般若心経秘鍵等

※通信講座の内容も学びます。

大日寺で修行開始!

働きながらお坊さんの修行が出来る?... こんな自分でも続くかな?...

大日寺 Youtubeチャンネル

働きながら密教僧になる!その1
自分用の作務衣、経本、輪袈裟、数珠などを受け取ります。

働きながら密教僧になる!その2
輪袈裟をつけて、数珠の使い方を習います。


働きながら密教僧になる!その3
基本的な事からゆっくり学べます。

お経読誦の習礼(練習)
理趣経という真言密教で最も重要なお経を唱えます。

密教塾 修行僧の声

常に感謝できる自分づくり【 暁道 】

暁道

大師日に出仕させていただきました。
本日は正御影供(お大師さま入定の日)。
お大師さまのご恩に報いる日です。

私は、大師日は修行の実践の場、経験を積む場であるかのように自分の修行のために出仕させていただいていたのだと気が付きました。
ご恩に報いるために出仕させていただくところを自分の修行のためだとしたら大きな過ちです。
出仕させていただいた結果として、自分の修行になったということに気がつきました。

朝のおつとめの時にふと「お大師さまが命を賭けて中国から密教を持ち帰って来てくださったお蔭で今、私は修行に打ち込ませていただいている」「密教が無かったら私はフラフラしたままだった」と感謝の念が湧き、有難い気持ちでいっぱいになりました。

この世の中に私が作り出したもの、発見したものなど何ひとつありません。
周囲から与えられているものばかりです。
感謝しかないはずです。
しかし、情けない私はすぐに感謝を忘れます。
でも、修行をして感謝を思い出し、忘れてはまた修行をして思い出す。
常に感謝できる自分づくりをします。


大日寺で1年修行して感じた事【 道縁 】

道縁

私は、小さい頃からお坊さんに憧れていました。
当然、自然と仏教経典や密教関係の本を選んで30年程読み続け、自分なりに第三者に世界観を伝えられる程になっていました。

しかし、「密教」は口伝が多く、他の宗派と違って師僧につかなくてはならないのです。
なので、肝心の「密教体験」をする事が出来ませんでした。
(密教は単なる学問ではなく「体験」を重視します)

密教を体験したい!
自在に密教を活用出来る人間になりたい!

そして、師となる(現代における)本物の密教のお坊さんを探していたのです。
(空海さんがいまの時代に生きていらしたら、最先端科学、宇宙工学、遺伝子、金融、グローバル経済や先端医療の概念なども密教に取り入れただろう、と思うため)

ところが世の中には密教を本気で勉強していない(身についていない?)お坊さんも正直多く、縁をいただいて質問しても自分の言葉で説明出来る人にはなかなか出会えず、「ああ、このお坊さん、解ってないんだな・・・」と思う事が多々ありました。

そんなある日、書籍「理趣経入門」を手にし、衝撃を受けたのです。
「この人は本物だ!」と。
そして、暫く悩みましたが、意を決し、大日寺の門を叩いたのです。

しかし、不安がなかったと言えば嘘になります。
得度したい人向けの、6ヶ月間の準備期間(密教を体験するコース「密教塾本講座」)があるのですが、体験初日に、目の前で、10年以上修行を続けている先輩方が厳しく叱咤されているシーンを目の当たりにし、正座もろくに出来ない自分にこんな事が続くのだろうか、やはり自分には無理なんじゃないだろうか、と思うに至ったのです。

ところが、妙喜先生は私に、「最初っから出来なくていいんだよ」と優しく仰います。
その反面、強く叱咤されている先輩もいらっしゃる。

先が見えず不安でしたが、1年続けてみて、先生は、100のうち、5しか出来ない人には6とか、ちょっと上をやってみなさい、と仰るのです。
いきなり80を要求しない。
それは続かないから。

しかし、本来60出来るはずの人が60に満たない力でやっていたら、叱咤する。
だんだんとそのように見えて来ました。

大栗道榮師、妙喜先生がお考えになっていることは、密教を確実に、私達に「身につけさせる」ことであり、いきなり100をポンと与えて、出来なかったとしても後は知らない、という事ではなく、ひとりひとりのレベルに応じて、5を6に、10を11に、半歩先を見ながら、根気よく何度も繰り返し、「出来るようになってきたな」と思ったら、「じゃあ、今日はこれをやってみなさい」と、次のレベルの事を仰るのです。

私は最初「空海さんみたいに、短期間で密教をマスターするぞ!」と意気込んでいましたが(笑)・・・
今は、密教は腹筋のようなもので、短期間でプロジェクト的にジムに通ってムキムキの姿になって、満足してその1~2年後には筋肉が落ちてしまってぶよぶよになっている、という事ではなく、少しづつ自分の出来る範囲でトレーニングを重ね、数年後に、気付いたら美しくしなやかな筋肉が自分のものになっている、というようなものだと気付きました。

肉体トレーニングでも、インストラクターの先生について、「自分の状態」を客観的に見てもらう必要があります。
独学で密教を学ぶのには限界があるという理由はここにもあるんだな、とも痛感しました。

また、掃除やお風呂、歯磨きのようなものかもしれません。
なぜ日々お風呂に入らなきゃいけないのか?
それを修行だと思うと大変ですが、日課だと思うと自然と入っています。

その日課の中に、人生の中のベースの部分に密教生活を取り入れていく。
数年後気づくと、なんだか宇宙と一体化出来ている実感があり、 宇宙を味方にしながら自然とうまく回っている状態になる。
それが、大日寺が目指す「密教を身に付けている人」を育て、増やすという事なのかと感じています。

厳しいイメージの「密教修行」に対しての不安が消え、今はなんと!長時間正座する事も出来るようになってきました。
そして、周囲からも「別人のようだ!」と言われるようになってきました。
本人としては実感がないのですが・・・。

今後ですが、急がず、焦らず、一歩づつ、密教を確実に身に付けた人生を歩んでいきたいと思います。


他人の言うことや他人のすることに左右されない自分に【 妙真 】

妙真

今日は、お大師日です。
午後より皆様と一緒に観音経や般若心経を唱えます。
その時、経頭(きょうとう:お経を唱えるリーダー)をさせていただきました。とっても有難かったです。

以前の私なら、即「私にはまだ経頭は無理です」とバチあたりなことを言っていたと思います。
でも今日は不安だらけでしたが「させて頂きます」と言えた自分は、修行が少し進歩したのかもしれません。
ただ、自信がないため、後で唱えている人たちの声に左右され、お経が終わった時にはボロボロな気持ちでした。

これからは“経頭をとりなさい”と指名されたら、他人の言うことや他人のすることに左右されない自分にしておきたいと思います。
それには、薫習(くんじゅう:習慣によって心や身にしみついたもの)あるのみ。
妙真のそばに行くと、お経の薫りがすると言われるように。

そして、もう一つ。
依頼心の強い私は、時間の観念もなく金魚のフンのように皆の後についていくだけの修行でしたが、次回からは、たるんだ自分の心に注意喚起します。
今日も充実した一日でした。


用意されたものにそれぞれ意味がある【 庸弘 】

庸弘

御影供(みえく)、経頭(きょうとう)、護摩(ごま)の用意、片付けをさせていただきました。
実際の護摩の一部に触れることができ、入口に立たせていただきましたが、片付けが先生の指示通りにできませんでした。
でも先生の片付け方を見ることができました。

用意されたものにそれぞれ意味があり、しっかりした用意、仕方、順番、気持ちの大切さがより分りました。
今日教わったこと、失敗したことを整理して、しっかりと薫習して、お師僧の大切な護摩壇を保ち、用意、仕方、番、気持ちを日常生活に応用してみます。


初大師日(一月二十一日)に思う事【 純榮 】

純榮

お坊さんになるための修行を加行といいます。
行いを加えて(重ねて)いくことです。
何のために重ねているのかを自分に問いかけてみました。

今の自分の答えです。
〝生きているから出来る事〞があり、〝生きているからしてしまう事〞があることを加行することによって、自らが行なっていることを知らされました。

如法衣(袈裟)を左肩にかけるとき、それを感じ神仏(宇宙)の御力を借りて(通して)迷い苦しむ心の中を清浄にして生きてゆけるように・・・と念じながらまた加行する。
縁をいただけたのは自分の事だと気づきました。

〝密教〞とは〝実行する〞教えですから縁をいただけた事を感じながら、重ねて生けるように、学びながら、また問いかけながら続けていこうと思いました。


日々の積み重ね【 伸榮 】

伸榮

私はお坊さんです。でも、平日はパンを作る工場で働いています。その職場でよく訊かれます。
「なぜ、お坊さんになろうとしたのですか?」
「お坊さんをやっていて楽しいですか?」

そこで「お坊さんとは何か」を考え直してみました。

住職はいつも私におっしゃいます。
「パン屋がお坊さんをしているのではなく、お坊さんがパン屋をしているのだよ。心してパン屋にも坊さんにも励むこと」と。

私たちの意識は行住座臥(ぎょうじゅうざが)という言葉で表現されます。
何かをしている時も、家に居る時も、座っていても、寝ている時も常に「お坊さん」であるということです。

また「お坊さん」の一日の使い方をみても掃除が重要視されており、大日寺に居る時も自宅に居る時も掃除機をかけたり、汚れを雑巾拭きしたり、外周りのゴミを拾ったり、雑草を抜いたりしています。

しかし掃除も大切なのですが、「お坊さん」自身も掃除して心の垢(業)を落とすことが大事なのです。
これを懺悔と言います。

お坊さんには修行がつきものですが、滝に打たれる行や、険しい山道を歩いたり、薪を燃やした熱い灰の上を歩くようなことはしません。

私はお師僧にこのように教わりました。
修行は「深山(しんざん)の千日よりも穢土(えど)の一日である」と。

穢土とは社会や世間のことで、そのなかで様々な事に遭遇して苦い経験をしたり、時には悔し涙を流したり、笑ったりして世間に揉まれることで人間力を培うことが重要だという事です。
障害があっても自分でどうするかを決めること、自分が苦しみを味あわないと他人を思いやったり、誰かを支えてあげる事は出来ませんし、不意におこる不幸な出来事に対応する心の用意がされません。
だから心を鍛えることで人間力をつける、これは「お坊さん」に強く求められることではないでしょうか。

でも、一朝一夕で出来るものでなく日々の積み重ねが大事であって、大日寺ではこれを修行の1つとしてとらえ実践するのが大日寺の修行生である私たち「お坊さん」です。

なぜそうするのかというと、「お坊さん」も「人」だからです。
「人」は色々な「人」たちと目に見えないけれど繋がっています。
(これを重々帝網(じゅうじゅうていもう)と言って、お大師さまが教えてくださいました)

繋がっている人と人の間をより良くするのが人間力だと考えます。
毎日のなかで人間力を鍛えることで「お坊さん」の質が磨かれていくのだと確信しており、今日も明日も、線香が熱く燃えるように情熱を持って修行を積むことが「お坊さんとは何か」ということだと感じます。


掃除修行【 妙癒 】

妙癒

働きながら修行をするむずかしさを感じましたが、
今日(修行の1日)は、そうじ60%、読経が20%、お坊さんらしい生活20%と聞き、仕事ばかりで修行が伴わない自分でしたが掃除ならきちんと自分を見つめ直せるチャンスです。

お師僧の躾読本にある・・・

掃除をして、身だしなみを整えると・・・自分の心がきれいになるから

掃除をして、身だしなみを整えると・・・人が喜んで集まるから

掃除をして、身だしなみを整えると・・・人の心もきれいになるから

掃除をして、身だしなみを整えると・・・神仏が集まってくるから

掃除をして、身だしなみを整えると・・・病菌が逃げ、長生きをして、福徳が来るから


を繰り返し読みながら、まず掃除修行をいたします。

そして、修行が出来るのも主人がいてくれるからこそと、妙喜先生に叱られました。
主人とケンカしないようにします。
そして「感謝」の心を忘れないようにと反省しました。


大日寺での再修行【 道昌 】

道昌

大日寺での再修行を始め、妙喜先生より大日寺で修行をしている目的をはっきりさせなさいと言われました。
私が、そもそもお寺に来た目的は、お経をやりたかったからです。
私の祖父母の墓は大阪のとある寺にあったのですが、すでに墓は無くなっていて、無縁仏の骨をあつめて作られた仏像になっていました。
その寺は頭が痛くなるほどの気持ち悪さで、お盆の供養をしてもらうと、お経は上手でしたが、まるでベルトコンベア式で味気ないものでした。

同時期に台湾の友人に連れて行ってもらったお寺での供養は大阪の寺とは全然違い暖かさが感じられ、いつか自分もあんなお経が読めればいいなぁと思いました。
これがおよそ20年前のことです。

その後、2005年に大日寺に入門させていただきました。
当初は、やはり僧籍が欲しいと思いながら大日寺に来ていましたが、どうもうまくいきません。
折しも、台湾での共同経営の話が来て、しばらくお寺から離れていました。

今回の再修行では前のとは違い、自分の歳のせいもあり考えもだいぶ変わってきました。
今までカタにはまるのが嫌だったため、それが原因で人生だいぶ失敗したことを反省して、ひとつの形をきちんと作ろうと思い大日寺に再入門させて頂きました。
今は、あせらずきちんと形を習得することを第一に考えて、お寺に来ています。

課題は、最初の目的であったお経が下手なことです。
四度加行よりも、お経などの習礼に時間を取られていることです。

以前、妙喜先生に言われたカラオケに行くようにしたり、ボイストレーニングにも通いだしましたが、あまり進歩していません。
改めて大きな悩みです。

再入門したからには、背水の陣の心構えでいます。
何とか最後までやり遂げたいと努力しています。
人間、自分の不得手なことをするのは大変です。

先ず、自分の先祖供養のためのお経がしっかり読めるようになる、形と礼儀をしっかりと身につける、その延長で僧籍が取れればと思っています。

改めてよろしくお願いします。

以上、懺悔です。


気持ちの切り返しが以前より早くなった【 玄道 】

玄道

修行生になって、気持ちの切り返しが以前より早くなったと思います。そして、過ぎたことにクヨクヨするより、今を大切にしてその中から手段を考えていくことが大切だと思うようになりました。私はあと何年生きられるかわかりませんが、「死ぬときは死ねばよろしい」と言った良寛和尚の言葉通り、残された人生を生きようと思います。


初心に戻り精進【 道空 】

道空

大日寺さんと御縁をいただいてから今年(平成25年)で九年目になります。
その間に得度を受け、昨年は伝法灌頂を受けさせていただきました。
でも、僧侶として未熟な点が多くあります。今年は初心に戻り精進します。


修行を始めたきっかけ【 榮仁 】

榮仁

私が修行を始めた理由は、現在参加している傾聴ボランティアとしての責務を全うするためには、自分自身の宗教的基盤の確立が肝要と感じ、 お師僧の下で真言密教を体系的に学び、かつ修行し、密教僧としてその教えをカウンセリングに活かしたいと思ったからです。


修行を始めたきっかけ【 尚道 】

尚道

私は、盲亀浮木の縁で、大日寺にご縁をいただきました。仕事は売店販売員をしております。良い事も悪い事も悩みも、明るく前向きに考え行動出来るよう心掛けています。大日寺で学んだ事を少しでも日常生活に生かし、今日より明日が良くなれば、あの世が良くなれば、と思っています。


修行を始めたきっかけ【 弘明 】

弘明

私は、悩みながら、迷いながら生きている、ごく普通の社会人です。
なぜ命懸けで密教僧は密教を身につけたいと思うのか?
そんなことを思っていた私ですが、人生の究極の進化の姿を密教の中に観て、修行を始めました。


修行を始めたきっかけ【 春妙 】

春妙

NHKの講座を大日寺で受講しました。
さらに仏教の事を知りたくなったので密教通信講座に進み、自然と修行に入りました。
確固たる信念はありませんが、私は私なりに自然に穏やかに修行しています。


修行を始めたきっかけ【 榮研 】

榮研

私は両親の供養に四国遍路をしようと思い立ち、大日寺で修行しています。徳島県から高速バスで大日寺に通い始めて四年になります。大日寺で学ぶうち、密教を本気で学びたいと思うようになりました。お師僧の下で真言密教を体解できるまで学び、修行し、そして成就したならば、社会の中で活かせるよう実践したいと思います。


修行を始めたきっかけ【 真弘 】

真弘

弘法大師様の説かれる「即身成仏」の神髄を学びたくて修行させて頂いております。苦手である作務や諸事は、仕事が忙しい時はつらいです。今後は阿字観や数息観、五相成身観を勉強して、更に「声字実相義」や「吽字義」等のお大師様の著作を学び、修行成就を祈念しております。


修行を始めたきっかけ【 修榮 】

修榮

ご縁があって大日寺で密教に触れさせていただき、修行を始めました。修行が順調に進んでいるとは言い難いですが、今までの自分には無かった何かが芽生えてきているように思います。日々できることを少しでも実践していき、密教の教えを実感し、体得していけるよう、少しでも精進努力していきたいと思っております。


修行を始めたきっかけ【 弘起 】

弘起

最初は仏教、特に密教への好奇心からでした。
今は、自分自身の人間としての至らなさを知り、人間として生まれた以上、最低限でもよいので、まともな人間になりたいという思いで修行しています。その基礎にあるのは、来世を信じているからです。


修行を始めたきっかけ【 道秀 】

道秀

学問の上達は先生によって決まるという荀子の言葉に感銘し、大日寺の修行生になりました。最近は近所の子供たちに「世界に誇れる日本人」になってもらおうと、正しい挨拶や礼儀、言葉遣いなどを教えています。また、自分が進んできた道を振り返り、反省して、再び前進してまいりたいと思います。

  

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